マンスリー・クローズアップ

2012年2月 1日
声を出そう

3・11の震災で大きな被害にあった、福島県の県立相馬高校出版局の「相馬高新聞」が第41回全国高校新聞コンクールで、最高賞の文部科学大臣奨励賞に選ばれました。賞に輝いた新聞の記事に、「互いに声を出そう。励まし合おう。」という言葉がありました。

震災後、日本各地で、昨年の夏に引き続き、この冬も節電が叫ばれ、直接震災の被害に遭わなかった人々も、さまざまな影響を受けています。また、被災地の東北では、復興の思うように進まないまま、寒い冬を迎えています。

そんな中で、高校生のあの言葉に励まされる人もいるのではないでしょうか。17年前の阪神淡路大震災のとき、神戸は「がんばろう、KOBE」というスローガンを立てて、復興を果たしました。このときも、「がんばれ」ではなく、「がんばろう」なのです。高校生が書いた「励まし合おう」には、「自分も一緒に」という意味が込められています。一人ではなく、みんなで、声を出し合い、励まし合うことが大事なのです。

私たちも東北の人たちと一緒に「がんばろう」と声を出し合い、励まし合い続けることが、復興へとつながっていくのではないでしょうか。

(ライター T・I)
2012年1月 1日
伴走者として

新しい年、平成24年が、はじまりました。

東日本大震災で被災された方々は、「新年、あけまして、おめでとう」といえるような状態ではありません。実際、年が明けたといっても、東北の復興は遅々として進んでおらず、まだ数多くの課題が残されています。

『星の王子さま』の作者である、サン・テグジュペリは、こんな言葉を残しています。 あるのはただ、前進してゆく力だけだ。 その力を創造しなければならない。 解決なぞ、そのあとで見つかる。

被災されていない人が、被災した人の代わりに、前進することはできません。しかし、前進する力を発揮してもらうために、サポートし、伴走していくことなら、できるはずです。

復旧、復興、そして、その向こうにある新生日本に到達するまで、ともに同じゴールを目指して、前進していきましょう。

(ライター T・I)
2011年12月 1日
ブータン国王

先月、ブータンのワンチュク国王とペマ王妃が来日され、被災地である相馬市の小学校を訪れて、竜の話をされていました。国王が「皆さんは、竜を見たことがありますか。私は、竜を見たことがあります」と語りはじめると、子どもたちは身を乗り出すようにして話しを聞いたそうです。国王の話は、こんなふうに続きました(要旨)。

「竜は、私たちの心の中にいます。この竜は、経験を食べて成長していくのです。だから日増しに強くなります。竜を成長させるためには、感情をコントロールして生きていくことが大切です。どうか自分の竜を大きく、素晴らしいものに育てていってほしいと思います」

大震災という悲惨な経験をしてもなお、折れそうになる自分の感情をコントロールし、さらに他者に対して優しさを示すことができれば、自分の中にいる竜を、大きくて素晴らしいものに育てることができる。そんなふうに国王は、子どもたちに伝えたかったのかもしれません。

私たちも、それぞれの心の中にいる竜を、大きくて素晴らしいものにしましょう。そのためには、国王が指摘するように、感情をコントロールすることが大切です。欲望を抑え、品性を磨き、道徳的な経験を積むこと。そうすれば、きっと立派な竜が育つことでしょう。

(ライター J・W)
2011年11月 1日
トルコ大地震

10月23日(現地時間)、トルコでマグニチュード7.2の地震が発生しました。日本から派遣された民間の医療チームも、続々と被災地に入り、救助にあたっています。その中の看護師の1人は「東日本大震災の際には、トルコから大勢の人たちが来日し、被災地で支援してくれました。その恩返しのためにも、できるだけの支援を行いたい」と話したそうです。

ご存じのように、日本の人たちとトルコの人たちは、昔から、お互いに助け合ってきた歴史があります。明治23年(1890年)、トルコの軍艦が和歌山県串本沖で沈没したときには、事故の知らせを聞いた大島島民の懸命な救助活動により69名を救出。この救助活動は今でもトルコの人たちの間で語り継がれています。また、昭和60年(1985年)のイラン・イラク戦争では、トルコ政府がテヘランにいた日本人215人の脱出を助けてくれました。「百年前の恩返しをするときだ」というトルコの人たちの声が、トルコ政府を動かしたともいわれています。

東日本大震災の傷がまだ癒えない日本ですが、先人たちが残した友好の歴史を無にしないためにも、今、できる限りの支援をするときです。そういった時代を超えた友好の絆が、世界全体の平和にもつながるはずです。

(ライターT・Y)
2011年10月 1日
感謝の旗

9月には複数の台風が日本各地に甚大な被害をもたらし、特に台風12号の総降雨量は1000ミリを超え、多数の土砂ダムが発生するほどでした。被害に遭われたみなさまには、心よりお見舞いを申し上げます。

この事態に対して震災に引き続き、今回も自衛隊が派遣され、人命救助や行方不明者の捜索、給水活動などが行われました。9月29日には、和歌山県那智勝浦町に災害派遣されていた自衛隊が任務を完了。町民のみなさんは、感謝と書かれた旗を振り、「ありがとう」の言葉とともに隊員を見送ったそうです。任務とはいえ、警察や消防では手に負えない、危険な任務に果敢に挑み、私たちを守ってくれた姿には、本当に頭が下がる思いです。

今年は、春の地震や秋の台風などもあり、特に、自衛隊の存在を心強く感じます。そう感じるのは、被災された方々だけではないはずです。しかし、平常時には、その在り方に疑問を投げかけ、存在そのものに強く反対する人たちがいることも事実です。だからといって、反対する人たちを救わないという選択肢は、隊員のみなさんにはありません。 誰でも分け隔てなく、全力を尽くして助ける。その行動規範こそ、私たちが日頃忘れている、道徳的な核心を突いているのではないでしょうか。


(ライター T・Y)
2011年9月 1日
イギリスの暴動

8月にイギリスで若者たちの暴動がありました。きっかけは警察官が黒人男性を射殺したことですが、その背景には、若年層を冷遇する風潮、高い失業率があると指摘されています(24歳以下の失業率は約20パーセント)。たとえば、求人では若者(未経験者)より経験者を優遇し、リストラでは勤続年数の短い若者を解雇するなど、冷遇と高い失業率はつながっています。

これは日本でも見られる傾向です。厳しい経営環境の中で、未経験の新人を育てるような、時間やコストをかけられない企業は少なくありません。今後の売り上げを伸ばすためにも、即戦力となる経験者を求める、というのが本音でしょう。企業の立場からすれば無理もない話ですが、このままでは未経験者はいつまでも経験を積むことができません。経験のない若者に学ぶ機会を与えられないと、今だけでなく、将来的にも大きな問題となります。

なぜなら、企業を支える人材は、同時に、国の明日を担う人材でもあるからです。未来を託せる後進を育てられないようでは、企業の成長も国の発展もあり得ません。今回のイギリスで起こった若者たちの暴動を、対岸の火事とせずに、国の未来を見据え、しっかりと若者を育てていく必要があります。

(ライター Y・I)
2011年8月 1日
なでしこジャパン

サッカー日本女子代表「なでしこジャパン」が女子ワールドカップ2011年ドイツ大会で、見事、世界一になりました。選手たちの活躍はもちろんですが、優勝に導いた監督、佐々木則夫さんの手腕にも高い評価が集まっています。

佐々木監督は自著『なでしこ力 さあ、一緒に世界一になろう!』(発行・講談社)の中で、「いつでも選手と同じ目の高さ、横から目線を心がけている」と述べています。 スポーツの監督には「俺についてこい!」「おれの指示に従え!」という命令管理型の手法でチームを勝利へ導いていく人もいますが、佐々木監督は違います。何よりも選手に近い目線で、同じチームの1人として接することを心がけ、ときには、おやじギャグを飛ばして、選手の心をリラックスさせます。

上からではない同じ高さ(横)からの目線で、選手の心を開き、選手のパフォーマンスを最大限に引き出す、それが監督の使命だと考えているようです。


(ライター I・S)
2011年7月 1日
稲むらの火

産経新聞(平成23年4月22日夕刊)に『稲むらの火』が紹介されていました。この物語は安政元年(1854年)安政南海地震直後の津波から、紀伊国広村(現在の和歌山県広川町)の村人を守った庄屋の姿を描いた(史実に基づく)ものです。地震のあと、津波を察知した庄屋は、刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に火をつけます。稲むらは年貢として収める米ですから、火をつけることは重大な犯罪行為(死罪)です。稲むらが燃えているのを見た村人が、急いで消火に駆けつけると、その眼下で、村は津波に飲み込まれました。庄屋の生命がけの行為が村人を助ける、というお話です。


実は『稲むらの火』は、今年度の小学5年生の国語の教科書(光村図書出版)に『百年後のふるさとを守る』と題して掲載されています(64年ぶりに復活)。同社のホームページでは『百年後のふるさとを守る』の作者、河田惠昭さんが「(前略)被災者には将来の希望やのぞみを持っていただくことが大切だと考えています。(中略)偉人の生き方に感動し、自分もそうなりたい、そして協働社会の一員となってくれるように願うばかりです」という文章を寄せています。まさにそのとおりであり、1日も早い復旧、被災者のみなさまに希望や望みを持っていただける復興支援が必要だと痛感します。


(ライター J・W)
2011年6月 1日
あれから3カ月

東日本大震災から3カ月経ちます。被災地では、今も大勢の方たちが避難所生活など、不自由な毎日を余儀なくされています。

 

この震災では、被害の大きさから長期的な支援が求められていますが、5月の大型連休後、ボランティアの数が急激に減り、被災者の需要に人手が追いついていない状態が続いていると聞きます。

 

支援を受ける側には1日も早く回復しなければならない生活があります。一方で、支援をする側にも、仕事や学校など、維持しなければならない生活があります。普段の暮らしを続けながらのボランティア活動は、なかなか難しいものです。しかし、それでもなお多くの支援の手が求められているのは、それほどに大きな災害だったからにほかなりません。

 

こうした事態を踏まえて、被災地の災害ボランティアセンターでは、1日だけのボランティアなど、参加希望者の生活状況を考慮しながら、常に人員を募集しているそうです。

 

あれから3カ月。震災から時間が経ち、私たちは、また以前のような日々の生活に追われています。今、あらためて自分に何ができるのか、1人1人が考える課題です。

(ライター Y・I)
2011年5月 2日
感謝の「ARIGATO」が新たな感謝を生みます。
 

3・11東日本大震災で仙台空港の復旧作業に携わっていたアメリカ軍の指揮官は、任務が終盤 になったころ、空港近くの海岸上空を飛行中、あるものを見つけて、大変感動したそうです。

 

それは「ARIGATO」の大きな文字。被災者の方々が折れた木々を海岸に並べてつくった、 アメリカ軍へのお礼の言葉でした。

 

このときのことを指揮官は「苦境の中にありながらも、感謝の気持ちを示す日本人に心を打た れた。逆に、感謝がこみ上げた」と話しています。

 

指揮官が「ARIGATO」の文字を見たときのように、感謝には新しい感謝を生み出す力が あります。そして、人と人との絆を実感させ、さらに、その結びつきを強めます。私たちは1人 ではない、という強い思いあるからこそ、人を助ける大切さ、人に助けてもらえるありがたさを 感じることができるのです。

 

今、日本は大地震、原発事故という未曾有の危機の中にいます。今こそ、お互いに手に手を取 り合って、困難を乗り越えていかなければなりません。その中から生まれる感謝のつながりが、 きっと、私たちの大きな力になるはずです。

(ライター Y・I)
2011年4月 4日
『ファイト新聞』を見習いたいと思います。

3・11の震災後、各メディアは、さまざまなニュースを送り続けています。そんな中で1つの新聞が、産経新聞(4月4日朝刊社会面)に紹介されていました。新聞の名前は『ファイト新聞』。編集長は気仙沼小学校2年生の吉田理紗さん。同校で避難生活を続ける方々に向けて発行している壁新聞です。「避難所だからみんな寂しいと思った。少しでも明るくしたくて」と、彼女は自分から新聞の発行を始めたそうです。「電気ふっ活」「たきだしにかんしゃ!」などの、明るく元気な記事と、カラフルなイラストが特長。「暗い話を書いてしまったら、紙をぐちゃぐちゃにして捨てます」。この新聞にはマイナスの記事がなく、大人から子どもまで、多くの読者を励まします。

記事を書いて読者を励ます彼女自身も、被災者の1人であることには変わりありません。家が津波で流され、同校へ避難してきました。彼女は、もうすぐ避難所を離れ、親類宅に身を寄せるため編集長を辞任しますが、この新聞は副編集長(小4)が引き継ぐそうです。

未曾有の大震災。増え続ける被災者。そして原発事故......。それでもなお、暗い話は「ぐちゃぐちゃにして捨てる」。そういう彼女に生きる力を感じました。

(ライター J・W)
2011年4月 1日
私たちには苦境を乗り越える力があります。

3・11東日本大震災を、多くの海外メディアが取りあげ、世界中に伝えました。アメリカのある新聞は「非の打ち所がないマナーは、全く損なわれていない」との見出しで、被災した女性が脚の怪我に苦しみながらも、ほかの被災者を案じるようすを報じていました。また、中国の新聞は「避難民は暗闇の中で、秩序正しく並び、救援物資を受け取る」と伝え、秩序と冷静さを高く評価しました。このように各国のメディアは、未曾有の大災害に遭っても思いやりや秩序を大切にし、道徳や規範意識を失わない「真摯に生きる」被災者の方々の姿を、敬意をもって報じました。

言葉にできない苦しさの中で、真摯に生きるとは、どういうことなのでしよう。一人ひとりが自分のこととして考えるべき問題です。たとえ、実際に経験した方にしか、知りえないことだったとしても......。

しかし、ひとつだけわかっていることがあります。それは、被災者の方々の道徳的な姿が、国内外の多くの人を感動させ、支援の手が差し伸べられたということです。この事実は、混沌とした時代を生きるすべての人たちにとって「どのように生きるのか」を指し示す、貴重な教訓となるはずです。

(ライター Y・I)
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